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Research-archive1

(Last update: 2020/03/09)

研究テーマ1:災害避難における確率的な行動選択とその動的制御

博士研究から続けている一つの大きな研究テーマとして,災害避難における確率的な行動選択のモデリングとその最適制御があります.

日本で起こる避難猶予の短い災害において,全員の避難行動を指示するような施策は実質的に難しいです.そこで,避難者の確率的な行動選択を想定した上で,それらの行動に対して最適な状態に導くために空間の一部において働きかけを行うという制御方法を考えています.

交通計画や交通工学の分野では,これまでの研究の発展の中で,平常時の均衡状態や完全情報を前提としたモデリングは熟達してきています.一方で,稀少事象である災害時を対象とした研究はそれほど進んではおらず,特に実社会への貢献のためには,限られた時間や認知の中で生じる行動を再現することとそうした行動に対する制御を考えることが必要です.

避難者の意思決定については,他者からの影響やリスク認知,将来効用といった要因の評価をこれまでの研究では行ってきました.これらにより,他者支援による避難遅れ,損切りによる避難開始といった意思決定機構の再現を図り,避難情報提供,事前教育や率先避難といった避難促進施策の評価が可能となります.

こうした確率的な行動の生起を前提とした上で,地域の被災リスクを極小にするために,避難行動の交通制御についての研究を行っています.

避難猶予時間の比較的短い(数時間以内)災害において,全員・全空間での制御は現実的には困難です.そこで,主要交差点などの一部空間上において,通行する避難者に対する制御を行うことで,被災リスクを最小化するという枠組みで研究を組み立てています.また,非均衡下の避難交通混雑に対しては,動的な交通状況変化とそれに対する避難者の反応を考慮した制御が重要であり,動的な制御が必要となります.

確率的な状態推移の下で,最適な動的な制御(動的制御戦略)を決定するためには,他の戦略候補との比較が必要となります.その際,動的計画法のような後ろ向き列挙による最適戦略の決定方法を用いた場合,列挙する戦略数が莫大になりやすく,かつ終端時刻の不定性もあるため,計算コストが非常に大きくなってしまいます.そこで,少数の戦略の比較のみで逐次的に最適戦略を決定する方法や最大値原理を取り入れた最適戦略の決定方法を用いることで,計算コストを縮減する中で最適戦略を決定することにチャレンジしています.

このように,現実的な避難行動を確率的な意思決定モデルとして再現した上で,動的な制御戦略を(計算コストを縮減した上で)決定するという枠組みの中で,研究を行っています.現在の社会状況の中では重要性の高い研究分野であるとともに,社会実装にあたっての課題は非常に大きい分野であると言えます.そうした中で,研究手法としては離散選択モデルと(動学的)最適化を基にし,まずは,理論的な側面から課題を解決してくことを試みています.


研究テーマ2:データ特性を取り込んだ統計的アクティビティモデルの構築

1990年代後半から各地で開発されてきたアクティビティモデルを用いたシミュレータですが、それぞれ千差万別です。MATSimのようにオープンソースとして提供され、さまざまな都市で適用されているシミュレータも存在します。多くのオープンデータやパッシブデータが手に入る時代ですので、モデルキャリブレーションは(労力は依然として大きいが)不可能ではありません。

一方で、オーバーフッティング回避やデータ外の現象(災害復旧期など)への対処を目的とした際に、いかなる行動モデル・理論モデルをもつべきか、その点は依然として研究課題になるかと思います。リアルタイムに近いパッシブデータが入手可能な時代の中では、いかに確率的な回帰・更新を行うか、と同時に単に分布とランダムネスだけでは再現されない相関を取り入れるのかが重要だと思っています。紙の調査も含めて利用できるデータを最大限、素直に使いつつ、データ範疇外の現象のカバーを見据え、意思決定理論を組み合わせたシミュレータの構築をしていきたいと思います。

テーマ2-1: 災害復旧期活動のシミュレーション開発とパラメータキャリブレーション

ポスト京プロジェクト@神戸大(2016.4-2020.3)では災害復旧期における交通需要シミュレータの開発を行ってきました.災害復旧期(発災後数日~避難所生活中)の中で都市圏には,日常と同様の活動を非被災者と復旧期特有の活動を行う被災者・救援活動者がいます.それぞれの活動需要を予測するために,この研究では,二つのシミュレータ(日常活動向け ASTRO: Activity Scheduler To Reproduce Observed behavioral data with trip-chain condition と災害復旧活動向け SPACE: travel demand Simulator for Procurement Activities Caused by Earthquake)の開発を行っています.SPACEの開発では,そもそも復旧期特有の行動・活動の特徴に関するエビデンスがあまりないという状況から始まり,阪神淡路大震災について書かれた本や,災害調査団による網羅的な交通調査,パッシブデータによる熊本災害後の特徴分析,熊本大でのディスカッションなどの多様なレビューを経て,必要物資の探索を行うモデルを導入しています.ASTROの開発では,復旧期活動の再現を主眼とするため,できる限りASTRO用のパラメータは少数にするという制約のもと,既存の大規模調査データの活動分布を再現することをターゲットとしたMCMC的なアルゴリズムによるサンプリングモデルを構築しています.パラメータキャリブレーションは,災害時に取得可能なパッシブデータを想定し,ゾーン・時間別の滞在人口データを教師データにフィットするパラメータを探索するという制約重視の方法を採用し,一定の需要傾向の再現に到達しています.世帯間の相互作用や日常活動・復旧関連活動を両方を実施するエージェントの再現,キャリブレーションの高速化などが今後の課題であり,実際の災害にいかに備えるかが最終的な目標となっています.


研究テーマ3:フレキシブルな動学モデルの展開と計算可能性の向上

不確実な状況下での動学性(将来選好)を考慮した意思決定のモデリングの研究を博士後期課程からやっています。そうした中で、Rust 1989のDynamic Discrete Choice Model (DDCM)に端を発し、計量経済学分野でも長く研究が続けられています。交通分野でも、経路選択へのDDCMに応用したRecursive Logit model (Fosgerau et al. 2013?)が生まれ、状態推移をリンク選択に見立てることで、DDCMを少し簡易に解くことができるという性質を生かし、さまざまな発展が試みられています。ただし、依然として構造推定や大規模ネットワーク上での逆行列計算といった計算負荷の課題が残っていることは確かです。そのため、rolling time horizonといった一定先の将来のみを考慮した意思決定やシステム制御による動学モデルもいまだに有効といえるでしょう。最終期ないし無限期からの将来効用を踏まえた意思決定というのが(人間の意思決定機構に対して)過剰ではないかという懸念もあります。

また、パッシブなビックデータにより時間変化の捕捉・モデル化の実現性が高まっており、同時に深層学習系の予測モデルが多々登場しつつある中で、意思決定側からのアプローチとデータ・計算の実現性を踏まえたアプローチを取り込んだ上で、理論的にも実装的にも有意義な研究ができればと思います。


研究テーマ4:インタラクションモデルの理論的計算的深掘り

動学モデルがパッシブビッグデータの活用によって発展が加速しているのに比べて、インタラクションを考慮した意思決定モデルの展開はそこまでの加速を見せていません。一つは、観測的な限度が理由でしょう。交通現象では、アプリ・ICTを使った、つまりセントラルシステムを介した、インタラクションは多く捕捉されていますが、直接的なユーザーどうしのインタラクションの捕捉は容易ではありませんし、個人の選好との分離も難しいです。また、個人間のインタラクションの現象的な興味深さは尽きないのですが、政策・シミュレーションへの反映はなかなか難しいというのも課題でしょう。

一方で、より精緻で細かな行動予測が、Automated VehicleなどのRoboticsの時代やVehicle sharingなどのOn-demand mobilityの時代が進むにつれて、強く求められるようになるでしょう。そのためのtime-to-timeの意思決定の問題とlocal interactionの関係は切り離せなくなっていくはずです。

こうした背景から眺めると、local interaction modelはまだまだ課題が山積みと感じます。意思決定者のinteractionをネットワーク的に捉えたときに多体の問題と均衡解求解の問題が生じること、そもそもネットワーク同定自体が困難であること、その上で、働きかけの有効なネットワーク上の個人の特定などなど、やることが沢山あります。こちらは理論的なアプローチの余地がより大きいかと思います。

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これから枠を広げていくところですが、これまでで学んだことも存分に生かしてやっていきたいと思います。これまでの話をまとめると、時間軸上あるいは多体でのよりリアリスティックな意思決定を記述するために、動学性やインタラクションといった構造モデルを導入する。一方で、増え続けるパッシブデータを有効に取り込むことで需要の予測性を高めていく。その際には、モデルの複雑さとデータの多さの問題をクリアするための種々の工夫も取り入れていきたいなと思います。最近は,まずは理論的なテーマ3, 4あたりが重要でしょうか.(2019.3.21)